特別企画展「幕末維新展」
「書簡と書画に探る激動の幕末維新」特設ページ

見どころを紹介!



大久保一翁 屏風「敬天愛人」

この言葉は西郷隆盛が愛用して非常に有名です。しかし、元は清の康煕帝がキリスト教会に与えた扁額「敬天愛人」でした。
戊辰戦争の最中にイギリスから戻った中村敬宇が「敬天愛人」という言葉を持ち帰りました。
中村は静岡に戻るとすぐに「敬天愛人説」を執筆し、同じ静岡にいた大久保一翁が聞いて書いたものです。
「敬天愛人」の「天」とはキリスト教の「天上の父」、キリスト教の神ですが、中村や大久保、勝海舟などはそれを知っていました。
では、西郷はどうだったでしょうか・・・。






近藤勇 「自筆借用証文」および「木刀」

近藤勇が慶応3年9月、加島屋、樋口重郎兵衛から二百両を借用した証文。自筆の証文です。
幼少時期に愛用した木刀、および天然理心流の木刀。
これらは、近藤勇の娘婿、近藤勇五郎氏から津雲國利が譲り受けたものです。


勝海舟 書「七言律詩」

戊辰晩夏に即興で書いたものと思われる推敲の記述があるもので、海舟が江戸の無血開城という大きな仕事を成し遂げたあとの空虚さを詠っていると思われます。


木戸松菊(木戸孝允)「漢詩」

明治9年、明治天皇の東北巡幸に随行した際に水沢の風景と心情を詠んだ漢詩の掛軸です。
軸書きには、次のように記載があります。
”明治9年5月、新9月18日、車駕東巡 驛ノ水澤ニ駐ヲ給ヒ御行在所ニ於テ當町戸坂万六方ニテ石原廣信所有之・・・(略)神代石器等を天覧に供した際に木戸公より頂戴した真筆・・・(略)” 今藤芳樹殿と鈴目久衛門宅に泊まり、徳大寺公及び東久世通禧公並びに瘻キ七郎は坂野長三郎宅に宿泊“


大久保利通「萩の乱を伝える暗号電報」

「萩の乱」の際に大久保利通が書いた電報原稿です。
「斉藤少佐は馬関を繰り出したか、既に賊は萩警察所を放火・・・」と重要部分を暗号にしています。


嘉仁親王(後の大正天皇)「伊藤博文への華甲(還暦)の祝い漢詩」

多くの漢詩を創作している嘉仁親王の見事な七言絶句です。


公文菊僊 肖像画「坂本龍馬」、「武市半平太」、「中岡慎太郎」





掛軸(写真印刷)「歴代内閣国務大臣肖像」

大正7年に製作されたものですが、高崎市の富田丑次郎氏が製作しています。


榎本武楊篆額、重野安繹撰、巌谷修書、宮龜年篆刻、拓本掛軸「立憲頌徳之碑」

政府が憲法の下にあるという立憲を頌徳する「立憲頌徳碑」。
明治憲法発布を記念して作られました。(掛軸、拓本の印刷)



その他にも次のような展示があります。

佐久間象山「書状」
有栖川宮熾仁親王 掛軸「7文字聯詩」
竹田耕雲斉 「懸崖の群蘭」
大村益次郎 掛軸 「水墨画、七言絶句」
伊藤博文「書」
川端玉章筆「伊藤博文肖像」
伊藤博文から竹添進一郎宛て「書簡」
山縣有朋文から松方正義宛て「書簡」
板垣退助・自筆「委任状」
藤田東湖「和歌」
大山 巌、捨松「晩餐の招待状」
前原一誠・書「水静有魚楽」
伊藤博文・書簡「アーネストサトー宛」
瀬川独活 「一撥一墨掃破俗塵」
村上勘兵衛、井上治兵衛・木版和本「鎮将府日誌」
東洋文化協会・書籍「幕末・明治・大正 回顧八十年史」東洋文化協会発行、全巻
その他、書簡・書籍